2014年10月16日〜31日
10月16日  ルイス〔ラインハルト〕

 今日のベントーは、ライスに黄色い栗がごろごろ入っていた。
 栗がほっくりと甘い。ライスにもちょっと塩味がついててうまい。

「アキラのか」

 船長がいつのまにか隣にいる。

「そう」

「いつこんなの作るヒマがあるんだ。これ、自分で剥いてるんだろ」

 そういえばそうだ。栗は一個一個剥いてある。

 キッチンに立っている姿を思い出して、黙って包丁を使っている姿を思い出して、急に胸が苦しくなった。あごのわきが痛くなった。

 栗が甘い。飯粒のかたまりがのどにつかえた。


10月17日 アキラ〔ラインハルト〕

 今朝はなぜかルイスが先に起きていた。

「ベントーを作った。昼食べてくれ」

 ホイル包みを開けてみたら、雑な、いや、荒々しい、いや、アメリカンなサンドイッチが出てきた。

 ドッグパンにコンビーフと生タマネギの分厚い輪切りとマヨネーズ。
 水筒のなかには、がんばってオニオンスープが入っていた。

(このタマネギ、あとでにおうぞ)

 遠慮したかったが、喰った。
 あいつはいつも弁当箱カラにしてくれるもんな。

 辛くて、舌につきささった。スープも辛かった。
 だが、午後は妙に元気が出た。


10月18日 補佐〔按察官補佐〕

 今日はヴィラの食料事情についてお話しましょう。

 アフリカのヴィラには、農場区域があり、そこで野菜、小麦、オリーブ、ブドウなどを生産しています。
 畑と工場がありますので、四季を通じて生産が可能です。

 ここはゲートで区切られており、一般のお客様の出入りは禁止されていますが、時々、わんちゃんのアルバイトを募集しています。また少数ながら、ヴィラ内での犯罪を犯した者がここで労働を課せられています。
 野菜は減農薬、無農薬で育てられており、たいへん健康によいものです。


10月19日 補佐〔按察官補佐〕

 食肉についてお話します。

 食肉は指定牧場から直轄の業者を通じて、日々納入されます。
 世界的なVIPの多いお客様の健康を守るために、不定期で検査を入れておりますので、ヴィラの肉類は世界一安全です。

 各地から遺伝子を輸入して生育しており、イベリコ豚も日本の霜ふり牛もお楽しみいただけます。ハムなどの加工もここでしています。

 よく日本のご主人様にご質問いただくのですが、ヴィラの卵は生食可能です。
 安心して「卵かけごはん」をお召しあがりください。


10月20日 補佐〔按察官補佐〕

 野菜、肉ときて、今日は魚の話。

 ご存知、ヴィラは地中海に面しておりますが、漁港をもちません。
 近隣国の漁港で水揚げしたものを買い付け、早朝納入しています。

 ただし、魚のプロ、日本のシェフたちからはあまり評判がよくありません。彼らは独自に食材を日本から輸入します。冷凍管理の発達した日本の魚のほうが安心でき、かつうまいということと、彼らの気むずかしい注文を理解する仕入れ担当者は日本にしかいないからです。
 おかげでヴィラの寿司はおそろしく値が張ります。


10月21日 補佐〔按察官補佐〕

 最後に水のお話。

 ヴィラの水道水はじつは地中海の海水です。もとは地下水をくみ上げていましたが、海水を真水に替える技術が発達し、大々的に切り替えました。

 海水は地下の処理場で真水に替えられ、都市をうるおし、農場をうるおし、周辺木々を育て、下水処理場にて浄化され、また地中海に帰っていきます。

 飲んでも問題ありません。籠城戦になっても大丈夫。
 ただし、水には好みがございますので、料理用、飲料用として各種ミネラルウォーター、名水などはとりそろえています。


10月22日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 イアンが飲みに誘ってきた。

 彼はウォルフと飲む時、おれにも声をかける。おれがやきもちを焼くからだ。

「いや、おれは接待」

「じゃ、終わったらこいよ」

 ひどく気を使う。気を使うなら飲むのをやめればいいのに。

 だが、イアンは実は寂しがりだ。寂しがりのくせに、友だちが少ない。あれだけ芯の強い男が、たまに風に吹かれる捨て犬のような寂しい背中を見せる。体重なんてないみたいに透き通ってしまう。

 だから、たまに心楽しい晩を過ごすのをおれが禁止するわけにいかないのだ。


10月23日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスは寂しさを隠さない男だ。

「孤独で死にそう。いっしょに夕飯食ってくれなかったら、あした首吊ってるかも」

 冗談めかして言うが、かなりしつこい。泣きわめくようにまとわりついてくると、なしくずしに飯を食うハメになる。

「おまえ、ひとりに決めろよ」

「決めたいんだが、誰もいつかないんだよ」

「浮気するからだろ」

「わはは」

 やつはおれを見て笑いやがった。まあ、こいつには約束とか貞操の意味は一生わからんだろうな。

「いっそ、イアンを誘ったら? むこうもひとりだし」


10月24日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスは少し考えた。

「イアン、苦手なんだよな」

「そう?」

「彼はおまえみたいにいい加減な男じゃないから」

「ついでに愚弄するな。あいつ意外に、いい加減だし、雑だし、鈍感だよ」

「そりゃさ」

 やつはフォークを浮かせたまま、

「寝るぐらいのことはできると思うよ。でも、その先がない」

「――」

「どんなに楽しませても、ああいう人はおれに惚れない。見抜いちまう」

 クリスは言った。

「彼みたいな人が欲しがっているのは時間だし、そいつはおれがもっともあげたくないものなのさ」


10月25日 ラインハルト〔ラインハルト〕〕

 マギステルのキアランと会う機会があった。
 
 こいつも遊び人だ。さりげなくイアンの話をしてみた。

「ああ、彼――」

「つきあいあるのか?」

「調教の打ち合わせで何度か」

「遊んだりしないの?」

「ないね」

「なぜ」

「彼、面倒くさがりだろ」

 ……さすが、見抜いている。

「誰かと親しくつきあうより、家で昼寝しているほうが楽しいって人種だ。他人に興味がない。おれはロマンチストだからね」

「でも、うちのやつとは仲よく飲むよ」

「きみの旦那は何も欲しがらないやつだからさ」


10月26日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 世の中には面倒くさがりの男をひっぱりだすマメなやつはいないのか。
 ……まあ、いるにはいるんだけれども。

「イアン、1億ドルはたいてもいい。連れて帰りたいね」

 イアンに興味をもつ金持ちの旦那は多い。
 ただ、

「もう一度あの足に楔を打ち込むんだ。我が家から一歩も出さない。いや、トルソーにして毎日抱いて寝たい」

「いや、わたしがいっそトルソーになって、彼に毎日いい子いい子してもらいたい!」

 ……こんな連中と飲むなら、さすがに昼寝のほうがマシだろう。


10月27日 ラインハルト〔ラインハルト〕

「イアン?」

 船長はニヤっと笑った。

「抱いてみたいね。でも金髪じゃないんだもん」

 そんな話をしていると後頭部をぱちんと叩かれた。

「あ」

 イアン。

「なんの話だ。この時間は暇なのか」

「あはは。なんか用?」

 イアンは特別カウンセリングの指示を出した。

「中庭の治安維持強化が決まった。犬からイジメや派閥の情報を集めてくれ。とくに――嫉妬深い犬の情報に注意しろ」

 あれ? こっちを見ている?

「あと、おれは今晩から部屋を変えるから。ドアを傷つけるなよ。ラインハルト」


10月28日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 その晩、ウォルフに言った。

「レオ、しばらくこっちにいるらしいぜ。ドムス買って、イアンもそっちに移った」

「そうらしいな」

 ウォルフは知っていた。

「この前、その相談に来た。ヴィラにはほかのマフィアもいるから」

「――」

 そんな話だったか。おれは豆を食べながら知らん顔で応じた。

「心配しなくてもここで外の抗争は禁止されているのに」

「心配するさ。あいつにとっちゃ、かけがえのない家族だ。やっと出来た家族だからな」

「……」

 おれ、少し反省。


10月29日 モモ〔仔犬の手サロン〕

 今日はサー・コンラッドがお見えになりました。

 サーはいつもとてもやさしいです。冗談を言い、笑わせてくれます。

 でも、本当はそんなことしないでほしい。
 ぼくは彼のからだがバラバラになりそうなほど苦痛に耐えかねているのを知っています。

 筋肉を押すと、ひどく暗い色の疲れがあふれ出てきます。実際にまだ赤いケガの痕があることもあります。

「爆風で生き埋めになりそうになった」

 施術台の上では、サーは少し素直になります。

「疲れた。うちの子が心配するから、少しまともにしてくれ」


10月30日 ジャック〔バー・コルヴス〕

 サー・コンラッドがいらっしゃいました。

「やあ、ジャック。どうやったら、きみを落とせるんだ」

「順番を守ることです。あなたは15番目。お帰りなさい」

 うなずいて、彼は座りました。
 マッカランを出し、わたしは自分の仕事に戻ります。氷を割ったり、グラスを磨いたり、ほかの客の酒を作ったり。

 サーはバーに肘をつき、わたしを眺め、眠そうにしています。ほかの客の挨拶にも軽く微笑むだけで、あまり話しません。ぶっきらぼうなようですが、彼はこの時間が無上に楽しいようです。


10月31日 アンディ〔フィルゲーム〕

 CFからの帰ってくると、バスの出口の前にサー・コンラッドがいた。
 おれは飛び上がりそうになった。

「どう――、いつ?」

「さっき」

 彼は笑い、おれを抱きしめてキスした。みんなの前だったが、かまうことはない。おれも熱烈なキスを返した。

 ああ、大好きだ。おれを待っててくれるなんて! なんて素晴しい日。うれしい日! 

 サーを見ると、彼も笑っていた。一瞬、よわよわしく見えたが、すぐに彼はおれの背を叩いた。

「会いたかったよ。さ、帰ってジルのクレープを喰おう」


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